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2016年6月14日火曜日

「東大寺 境内の四季と小さな命たち」

東大寺第222世別当晋山式の記念品として招待者に配られました、狹川普文管長著「東大寺 境内の四季と小さな命たち」 が、東大寺ミュージアムで販売開始されています。
内容は「花の章」「生き物の章「自然の章」 の三つの章で構成され、「はじめに」と「さいごに」のページには、狭川管」長の小さき命への慈しみや自然環境に対する思い、文化財保護への強い意志なども記されています。
東大寺の歴史や仏教美術などにはあえて触れず、四季折々の豊かな風景や小さな生き物たちに焦点を当てた写真集。
境内に生きる全ての命を通して、聖武天皇の御言葉『動植ことごとく共に栄えんことを欲す』という東大寺の理念を、今に伝えようとされているのではと思いました。
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そして、この美しい写真の数々を撮影されたのは、東大寺の隅々までを知り尽くしているカメラマン木村昭彦さん。毎日、朝な夕なと境内でカメラを構えてらっしゃる姿をよくお見かけしていました。
「花の章」では、よく見知った花だけでなく、足元に咲く野の花々もたくさん紹介されています。狭川管長の添えられた文章によると、十数年前より、境内のソメイヨシノの維持管理が本格化したこと(一年を通して手間をかけていることなど)や、外来種のナンキンハゼによって境内の風景が様変わりしてしまったことや、酸性雨の影響で枯れてしまった馬酔木が群生する風景を取り戻したいことや、土壌の芝生力を高め豪雨時の土砂流出を防ぐ努力をされていることなどを知りました。
そして「光明皇后が好まれたという百日紅・・・」という一文には、千二百数十年などついこの前のことのように思えてしまう東大寺の不思議な魔力を感じてしまうのでした。
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「生き物の章」こそ、木村カメラマンの本領発揮どころでしょうか。
イノシシ、ムササビ、テン、リス、アナグマ、アライグマ、キツネ・・・
夜の東大寺境内はまるで野生の王国そのもの。
そして毎晩通い詰めているからこそ知りえる動物達の活動時間や習性、巣穴など。偶然では撮ることのできない写真ばかりで、驚いてしまいます。
また境内に飛来する鳥たちの種類の多いこと!
小鳥たちが好んで食べる南天の実の減り具合で、その冬は山に餌が豊富かどうかよくわかるとか、供田の雀の話や、数十年前の境内の鳥類の頂点だったトンビが今はカラスの天下となっていることや、二月堂の大きな絵馬の裏に産卵し大量の糞を落とす土鳩を捕獲して四日市まで移送したことなど、写真に添えられた狭川管長の文章には、鳥たちの困ったできごとをも自然の中の営みとして慈しまれているように感じました。
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「自然の章」では、酸性雨や温暖化などの環境破壊が国宝文化財へ及ぼす影響や、台風や豪雨、落雷などの被害に対応できるよう防災設備を整備されている点について触れて、東大寺を護るという確固たる意志を知るのでした。
「二月堂舞台から見る夕日は美しいが、奈良県庁の屋上から見る境内の全景も素晴らしい。特に朝もやがかかっていたり、紅葉が始まった頃や、水墨画のような雪景色も秀逸だ。」という美しい文章に導かれて始まるページにも、道路の凍結防止について記されてあり
東大寺境内の豊かな自然の美しさ、厳しさ、その中で営まれる小さな命への慈しみ。そして東大寺を護り伝えていくための細やかな配慮・・・狭川管長の懐深いあたたかな眼差しと、それを伝える力を持つ素晴らしい写真の数々。
境内の美しい自然の虜になっている者として、この写真集を手にできたことは嬉しいのひとことです。
裏表紙は大好きな杉本健吉画伯の幡の絵でした。
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「東大寺 境内の四季と小さな命たち」
東大寺ミュージアム売店にて販売されています。(1800円)